移住者たちの声から浮かぶ地方の現実
“移住ブーム”の明日を語る Part1

2017.5.11

「地方移住」や「地域おこし」がブームだ。地元への帰郷や、新天地への移住を選択する人々の存在が、ここ数年でにわかにクローズアップされている。ともすると「脱サラして農家に転身」「サテライトオフィスで地域活性化」といったステレオタイプで捉えられることも多いこの話題について、今こそ地に足をつけて考えたい。地域密着の情報メディアとして、100人以上の移住者の声を聞き取ってきたふたりのメディア代表者に、長野と東京の二拠点生活をはじめたばかりのrajomon編集部栗原大介が聞いた。
(場所:東京・西荻の、”食”をテーマにしたコミュニティースペース「okatteにしおぎ」)

話し手
鳥井とりい 弘文ひろふみ
北海道函館市生まれ。 大学卒業後、中国・北京へ渡り日系ITベンチャー企業に勤務。 帰国後は、新しい時代の生き方やライフスタイルを提案するブログ「隠居系男子」を運営開始。半年で月間25万PVを達成し、現在はBLOGOSとFashionsnap.comにも転載中。 2014年9月に起業し、株式会社Waseiを設立。これからの暮らしを考えるウェブメディア「灯台もと暮らし」を運営している。
阿部あべ 光平こうへい
北海道函館市生まれ。大学卒業を機に、5大陸を巡る地球一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動を始める。現在は雑誌やウェブ媒体で、旅行、音楽、社会問題など様々なジャンルの取材・記事作成を行っている。東京で子育てをする中で、移住について真剣に考えるようになり、仲間と共に『IN&OUT –ハコダテとヒト-』を立ち上げた。
聞き手
栗原くりはら 大介だいすけ
東京都練馬区生まれ。rajomon編集部。大学卒業後、テレビ番組制作を経たのち、2002年(株)メディア・ゲート・ジャパン設立。映像コンテンツのプロデュースや、企業・政治家等のメディア戦略に携わる。2016年サシミメディアラボ(株)設立。同年7月から、東京と長野県富士見町を行き来する二拠点居住を始める。富士見町の地域メディア「sen-nin」を主宰している。

暮らしを“考えること”を重視したメディア「灯台もと暮らし」

——鳥井弘文さんが主宰する「灯台もと暮らし」は、丁寧な地域取材にもとづく記事を発信し、信頼と注目を得ているウェブメディア。取材・編集に携わりながらさまざまな地域と関わってきた鳥井さんに、まずは「灯台もと暮らし」が目指すものを聞いた。

灯台もと暮らし

鳥井「これからの暮らしを“考える”ウェブメディア」と言ってるんですけれど、暮らしについての指針を提案するのではなく、「考える」ということを重要視しています。各地域に住む市井の人々の生の声を数多くインタビューして、様々な生き方(暮らし)を紹介しています。そのなかで、読んだ方に自分の納得感のある暮らしかたを見つけてほしいと思っていて。地方や田舎暮らしに限定しているわけではないんですが、新しい暮らし、これからの暮らしを実践しているような方々はやはり地方に多いんですよね。それで、必然的に地方取材に行くことが多くなりました。

栗原はじめた経緯は?

鳥井大学卒業後、中国留学から帰ってきたとき、日本の魅力というのをあまりに知らなくて、まず日本の魅力を自分でもう一度ちゃんと理解したい、ということがありました。日本ってもうダメなんじゃないかと言われる一方で、「国破れて山河あり」じゃないですが、地に足をつけてローカルに生活をしている方々の暮らしが、逆にグローバル社会での先進事例になりうるんじゃないかなと思って、はじめたんです。

地元函館の人にフォーカスした「IN&OUT -ハコダテとヒト-」

——一方、阿部光平さんが主宰する「IN&OUT-ハコダテとヒト-」は、函館から移住した人、函館に移住した人など、函館の内側と外側という“2つの視点”を持った人々の声を発信するウェブメディア。函館出身の仲間と立ち上げ、企画・運営を行っている。

IN&OUT-ハコダテとヒト-

阿部僕はもう10年近くフリーランスでライターをやっているんですが、ライターってほとんどがクライアントワークなんですよね。たとえば雑誌の取材でラーメン屋さんに行って、「まずかった」とは書けないじゃないですか。もっと自分主導で発信をしたいという思いが前提にあって。あとは、離れていても地元に関わることがしたいなという気持ちがあったんです。そんな時、ちょうど子どもが産まれた時期で、Uターン移住を考えてたんですよ。「子どもが産まれたら地元に帰るんだな」と、昔から漠然と思っていて。で、いざ帰ろうと思って地元に一時的に戻ったら、自分が育ってきた頃と今の状況が全然違ってて。

栗原あ、そうなんだ。

阿部少子高齢化の波が思いっきり来ていて、とにかく子どもが少ないんです。学校も減っているし、一校ではサッカー部ができないという話もある。団体競技がやりたくてもできないような環境って、子育てのために本当に良いのかな?と思ってしまって、移住に踏み切れなかった。それで、まずはいろんな人の話を聞いてみようと思ったんです。実際に移住した人や、地元を離れて暮らしている人たちに。そういう話って、他にも聞きたい人がいるんじゃないかなと思って、「IN&OUT-ハコダテとヒト-」というメディアを始めたんです。

栗原ふたりとも、今まで何件くらい取材しました?

鳥井Iターン、Uターン、Jターン、全部含んで、うちの媒体では300〜400人くらいはしていると思います。取材だけなくイベントや相談会で出会った方を含めると、もっと。

阿部僕は「IN&OUT」では40人くらい。他媒体も含めると100人弱くらいですかね。

栗原U(ターン)とI(ターン)とJ(ターン)、比率的にはどんな傾向がありますか?

鳥井海士町のような移住ブームに火をつけたような地域だとIターンが多いです。都市圏からの移住者が多いですよね。

阿部うち(函館)はUターンが多いかな。

灯台もと暮らし

「移住者」と「地元民」の軋轢モンダイを克服するには

栗原さきほど鳥井さんが「新しい暮らしを実践している方々は地方に多い」と話されましたけど、とはいえマクロで見たら、田舎から都会に流れる人の方が多いのは事実じゃないですか。身も蓋もない言い方をしてしまうと、少し前までは、Uターンする人って、負け組的な人も多かったと思うんですよ。

阿部都落ち、みたいな。

栗原はい。あえて言えば「東京で疲れた」的な文脈ですよね。でもここ数年の移住ブームで、地方にこそ「新しい暮らし」がある、という文脈もある。数多く取材されて、皆さん実際どんなメンタリティーで移住されているのかなと。

阿部僕が取材してきた函館に関していえば、「根本的に地元が好き」って人が多いですね。都会に一旦出たのも、永住目的ではなく、技術を学びにとか見聞を広げるために外へ出たという人。手に職をつけたあとに地元に戻って生計を立てていきたいという人が多いと思います。

IN&OUT-ハコダテとヒト-

鳥井一方で、最近新しい傾向だなと感じるUターンの人たちもいます。若い頃は「こんな町一生戻ってこない」と思ってたんだけど、Iターン移住者が増えた影響で、お店やらゲストハウスやら、おもしろいコミュニティが色々できて、盛り上がって復興してきている。じゃあ帰ってみようかな、という人たちが増えています。

栗原Iターンに触発されてUターンも増えるっていう流れか。面白いですね。

鳥井あと、地元住民の方々にとっても、もっと地元出身者に戻ってきてほしいという思いが強いらしいです。高知県の嶺北地域という、ブロガーのイケダハヤトさんやビビノケイコさんがいらっしゃる地域で「田舎暮らしネットワーク」というNPOの代表の方に話を聞いたら、Uターンの方が帰ってきやすい環境づくりをしていこうと努力しているそうです。

阿部それは、何でですかね?

鳥井理由は色々とあると思います。ただ、移住者コミュニティと地元住民のコミュニティのあいだで断絶が起きている、という状況はどの地域にも少なからずあるんですよね。「あっちは勝手にやってるよね」「あっちは入りにくいよね」となってしまっている。地方移住ブームで盛り上がっている地域の大きな課題がそれなんです。そこのつなぎ役というか、鎹(かすがい)になってくれる人が、Iターン移住者と同じ年代のUターン移住者じゃないかという期待があるのだと思います。

栗原移住ブーム・地域おこしブームが、コミュニティの断絶を生んでしまっているという、皮肉のような話ですね。でも、だからこそ、Uターン組に期待がかけられている。

鳥井徳島県の神山町は移住促進で大成功をした町としてよく知られていますよね。「灯台もと暮らし」で、よく読まれた記事があるんですが、神山町で生まれ育った20代後半くらいの女性の記事なんです。それは、神山町でも新しく来た移住者と地元住民の間に溝があって、それをつなげる役目をしたいという、地元育ちの方の気持ちを吐露するような記事なんですけど、5000いいねくらいつきました。マスメディアの報道ではどうしても、「サテライトオフィスができて、移住者が増えていって・・・」と、光の部分しか見えてこないですけど、一方でやっぱりそんな影の部分があるし、そこを掘り下げた記事をウェブで出すと共感してくれる方が多いんですよね。

灯台もと暮らし

栗原なるほど。他に興味深いケースはありますか?

鳥井うーん。例えば、ちょっと前なら移住してカフェやレストランを作っても、地元の人が来店してくれなければ売上が立てられなかったケース。でも最近では、SNSの普及や移住ブームのおかげで、地域外からの来店客が増えて「わざわざ訪れたいお店」になったり、移住者コミュニティが発達したことによって、Iターン・Uターン者の中でまず話題になり、そこから地域の人が徐々に来店してくれるようになった、という話はよく聞きます。

栗原あと、僕がIターンして実際に感じるのは、都会から来た人と地元にいる人では「居心地のいい空間」という感覚がどうしても異なるんじゃないか、という現実です。自然への憧れもそうだし、「とってもお洒落なカフェ」的な空間も、くつろげる人と緊張する人、様々ですからね。

「もう場所は関係ないじゃん」という価値観のリアル

鳥井それと、そういったお店は地元の方から「値段が高い」と言われてしまうこともあるようです。以前、鳥取県に取材に行った時に町内にある民宿に泊まったんですよ。「今日どこ行ってきたの」と宿の主人に聞かれて「移住者の方が始めたパン屋さんに行ってきました」と言ったら、「ああ、あそこね。俺は一回も行ったことないけど」と言われてしまいました。

一同笑。

鳥井「おいしいんだろうけど高いんだよね」と言っていました。確かに言われてみると、青山にあるパン屋さんと変わらない値段なんですよ。パン一個600円とか。地元の方々にしてみれば、普段から地元の美味しい食材を安く食べているのに、なんでわざわざそんな高い値段で食べなきゃいけないんだと(笑)でも東京から訪れた場合だったら、地域の食材を使ったヘルシーなパンなのでめちゃくちゃ感動して、青山で1000円のランチ食べるよりも全然安いって思えるんですけど。そこはやっぱり乖離ですよね。

栗原その値段問題って、店側は安く提供できないのかな?でも高くても売れれば、下げる理由もないか・・・。

鳥井お店の方としては、「あえて安くしたくない」っていう思いも強いらしいんです。東京のものに負けたくないという思いもありますし、それだけの価値のものを作っているという自負もあります。それを地方価格に落としちゃったら、結局今までと一緒じゃんということなんですね。そういった店の方々がよくおっしゃるのは、「もう場所は関係ないじゃん」ということです。東京の青山だろうが鳥取県だろうが高知県だろうが関係なく、「良いものがあればそこに人は集まってくる」という価値観でやっているので、あえて値下げはしたくないという方は多いですね。

IN&OUT-ハコダテとヒト-

栗原そういう心意気はよくわかるんだけど、消費者側の所得水準も場所が関係ない社会にならないと、地元の方々が来るのは難しいですよね。同じ労働をしても東京だと時給1200円だけど、地方では800円という現実が実際にあるわけですよね。店の人を責められる問題ではないけれど。

鳥井そういった移住者の方々には、所得水準は都会だから高い、田舎だから安いではなく、ビジネスを上手く作れるかどうかだ、という価値観があると思うんですね。インターネットによって場所の障害が乗り越えられるんだから、例えばECサイトを作って、地方にしかないものを東京や世界の人たちに買ってもらえるようになるとか、そういう文脈ですよね。

栗原だけど、地元住民のメンタリティとしてなかなかそれは理解しづらいし、皆がそんなに上手くできるわけではない、という現実もありますよね。

鳥井そうかもしれないですね。

(Part2に続きます)

企画:栗原大介、阿部光平
文:大野沙亜耶、栗原大介
撮影:安川慎也