mikeledray / Shutterstock.com
2016.10.11
米大統領選のゆくえが混沌としてきた。日本から眺めると「キワモノのトランプが本当に大統領になる可能性が出てくるとは、アメリカもかなりおかしくなってるのでは?」というのが大勢の見方かもしれない。しかし、国際政治学者として研究を続け、特に近年はアメリカ保守政治の動向をウォッチする漆畑智靖准教授(恵泉女学園大学)によれば、トランプがここまで勝ち上がってきたこと、ヒラリーが苦戦していることなどは、アメリカの“今”が如実に反映された結果でもあるという。「トランプ(現象)はマジックでもファシズムでもない」という漆畑准教授に、シリーズで解説してもらった。
第45代アメリカ大統領となるのは、民主党のヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)か、それとも共和党のドナルド・トランプ(Donald Trump)か。2回目の大統領候補テレビ討論会を終えた10月11日現在、各種世論調査によれば、ヒラリー勝利の可能性がかなり高まっている。しかし、11月8日の本選挙まであと約1か月。この間に何が起こっても不思議ではない。戦争やテロなどの大事件、あるいはまたどんなスキャンダルが飛び出すかもわからない。そして何より、トランプ自体が最大の不確定要素となっているのだ。
本シリーズでは、「トランプ現象」について考察する。当初、泡沫候補扱いだった政治のアウトサイダーのトランプが、あれよあれよという間に共和党を乗っ取り、共和党大統領候補指名を獲得できたのはなぜなのか。とりわけ「トランプ現象」を可能にしたアメリカの政治社会の地殻変動について解説したい。
まず大前提として、現在のアメリカには既存政党と政治家に対する強烈な不信感が渦巻いている。2001年から16年間も続く一連の戦争、先進国では最悪レベルの経済格差、08年のリーマンショック。多くのアメリカ人が政治家や政党は役立たずで、自分たちの問題を解決してくれず、多国籍企業やその他の特殊利益の奉仕者となっていると感じている。
このような社会背景と政治への意識が、トランプ、そして民主党内でヒラリーをぎりぎりまで追い詰めたバーニー・サンダース(Bernie Sanders)の台頭を生んだのだ。しかし、そういった社会・政治情勢の説明だけでは、トランプの台頭の謎解きにはならないだろう。過激な発言やあからさまな排外主義にもかかわらず、なぜトランプはここまで登りつめたのだろうか?
Joseph Sohm / Shutterstock.com
トランプの支持者たちはどのような人々なのだろうか。よく知られているのは反移民、反自由貿易、孤立主義的対外政策といった「アメリカ・ファースト」の政策に賛成する人々だ。そして、典型的なトランプ支持者像は、次のようになる。(※注1)
トランプは「アメリカの労働者階級」のための政治を行うと宣言しているため、トランプの支持層は「労働者階級」だと言われることもある。しかし、事実はそうではないようだ。
ネイト・シルヴァー(Nate Silver)の分析によれば、トランプに投票した人々の家計所得の中央値は約72,000ドルで、アメリカ人全体の家計所得の中央値(約56,000ドル)に比べて高く、ヒラリーとサンダースに投票した人々の中央値(約61,000ドル)に比べればよりいっそう高かった。「貧乏な白人がアメリカ社会の現状に不満を抱え、そのはけ口を移民(メキシコ人など)に向け、排外主義に走っている」という一般的な認識とは若干のギャップがあるといえないだろうか。
Olya Steckel / Shutterstock.com
トランプ支持層は最も悲観的な人々だといえる。「50年前と比較して、今日のアメリカの生活はあなたのような人たちにとってよりよいか、より悪いか、同じか」という世論調査(※注2)に対し、トランプ支持者の実に81%が「より悪い」と答え、11%が「よりよい」と答えている。つまり、8割のトランプ支持者は1960年代の子ども時代に比べ、今は悪くなったと思っているのである。対照的にヒラリー支持者の59%はアメリカがよい方向に向かってきたと感じ、悪くなったと答えたのは19%に過ぎなかった。
将来の見通しについてはどうだろうか。「次世代のアメリカ人にとっての将来は今日の生活と比べ、よりよくなるか、より悪くなるか、同じか」という質問に、トランプ支持者の68%が「より悪くなる」、11%が「よりよくなる」と答えている。これに対しヒラリー支持者の場合は、「よりよくなる」が38%、「より悪くなる」が30%と拮抗しているが、トランプ支持層の3倍を超える人々が将来を楽観視すると答えているのである。
つまり、ヒラリーの支持層は過去50年間、アメリカがよい方向へ向かい、自分たちの生活もよくなってきたと感じているといえる。対照的に、トランプを支持する圧倒的多数が子ども時代はよかったが、アメリカは悪くなる一方であり、自分の子どもたちの将来はもっと悪くなるだろうと思っている。
何という認識のギャップであろうか。7月の共和党全国大会と民主党全国大会終了後、ワシントンの評論家たちの多くは、民主党大会が希望に満ち前進するアメリカを称揚する点で成功だったとほめちぎる一方、悲観的で陰鬱なトランプのメッセージに低い評価しか与えなかった。しかし、トランプ支持者はそのような評論家たちに対して、こう答えるのではないか。
「お前たちエリートは俺たちのことをまったく理解していないが、理解してもらいたいとも思わない。俺たちにはトランプがいるからな。トランプはいろいろ批判されるが、少なくとも俺たちがいかに失望し憤っているか理解してくれる。俺たちの知っているアメリカはもうない。しかし、トランプは『偉大なアメリカを取り戻す(Make America Great Again)』と言ってくれているんだ」。
それではなぜ、トランプ支持者はこれほどまでに悲観的になっているのか。前述したように、トランプ支持者の多くは貧困層というより、中産階級に属している。それならもっと楽観的になってもよいではないか。次回は、この問いについて考察していく。
(続く)